【2024年2月号】片柳弘史神父とよむ こどものせかい

2024.01.05   エッセイ

 

 


幸せの訪れ

 

 おかあさんが子どもに話した、村一番の猟師、ぜんぞうどんと、母親をぜんぞうどんに捕まえられてしまった子だぬきのお話です。ぜんぞうどんはきっと、長いあいだ山の中の小屋に一人で住み、きつねやたぬきを獲って暮らしていたのでしょう。一人ぼっちのさびしさをまぎらわすために、お酒を飲むこともあったようです。

 ぜんぞうどんにとって、たぬきやきつねを獲って売ることは、生きていくために必要なことでした。動物たちにはかわいそうなことですが、たぬきやきつねだってもっと小さな生き物たちを食べて生きているわけですし、生きていくためにはやむをえない。ぜんぞうどんはきっと、そう思っていたことでしょう。
 
 ところが、そんなぜんぞうどんの心を揺り動かす出来事が起こりました。捕まえて売ったたぬきの子どもが訪ねてきて、おかあさんを返してくれ。おかあさんを返してくれるなら、自分は食べられてもかまわないというのです。子だぬきの頬を伝う大粒の涙を見たとき、ぜんぞうどんはもう、いてもたってもいられなくなりました。おかあさんを思う子だぬきの愛情が、ぜんぞうどんの心の奥深くに眠っていたやさしさを呼び覚ましたのです。
 
 母だぬきを子だぬきのもとに返したとき、ぜんぞうどんの心は「あたたかくふくらんでとてもしあわせでした」と語られています。このときぜんぞうどんが感じた幸せは、お酒を飲む幸せとはまったく違ったものだったでしょう。このときぜんぞうどんは、お酒を飲んでさびしさをまぎらわせる幸せではなく、心があたたかなやさしさで満たされ、さびしさが消えてしまう幸せを味わったのです。ぜんぞうどんの心は、この出来事の後も、たぬきの親子のことを思い出すたびにあたたかな幸せで満たされたことでしょう。一人ぼっちのぜんぞうどんに、子だぬきという救い主が訪れた。そんなお話として、わたしはこのお話を読ませてもらいました。
 
 

 

 


◇2024年2月号『こだぬきの おねがい』 山崎陽子・文 篠崎三朗・絵◇

 

 

 

▼ 片柳弘史 プロフィール

カトリック宇部教会主任司祭。1971年埼玉県生まれ。1994年慶応大学法学部法律学科卒業。1994〜95年インド・コルカタにてボランティア活動。マザー・テレサから神父への道を勧められる。1998年イエズス会入会。2008年上智大学大学院神学研究科修了。同年、司祭叙階。現在は山口県宇部市で3つの教会の主任司祭、3つの幼稚園の講師、刑務所の教誨師。

◆著作に『みんなのやさしいおかあさん マザー・テレサ』(絵・つるみゆき/文・片柳弘史、至光社)『こころの深呼吸〜気づきと癒しの言葉366』『やさしさの贈り物〜日々に寄り添う言葉366』(教文館)、『世界で一番たいせつなあなたへ〜マザー・テレサからの贈り物』『何を信じて生きるのか』(PHP研究所)『ひめくりすずめとなかまたち』(キリスト新聞社)など。

◆Eテレ『グレーテルのかまど〜マザー・テレサのチョコレート』、テレビ朝日『ぶっちゃけ寺〜キリスト教特集』などに出演。ブログX(旧Twitter)facebookを通しても情報発信している。

 

 


 

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