【2023年10月号】絵本づくりの仕事場より/井口文秀・佐久間彪
ここに出てくるフクロウさんは聖書物語とは関係がなさそうですが、このお話では、はじめから終りまでついてきて、じっと事の成り行きを見守っているようです。
これはあるいはこの本の絵をかきつづける私自身なのかもしれません。あるいはこの本を見つめる読者の皆さん自身なのかもしれません。あるいは、ひょっとしたらこのフクロウさんは神さまのおつかいなのかもと考えたりいたします。
砂漠のオアシス、エリコの町に着き、ここでひとりの旅人を介抱して生き返らせたサマリア人の美しい心、美しい行いが神さまの御心となって昇華していくのをしっかりと見届けフクロウさんは山へ帰っていくのでした。
井口文秀
ここに登場してくるサマリア人は、遠くはユダヤ人と共通の先祖をもつ種族でしたが、当時のユダヤ人に気嫌いされていました。それだけでなく、「サマリア人」は「悪い人間」の代名詞のように使われていたのです。
しかし、イエスさまはそういう意味だけでサマリア人を登場させているのではありません。つまり、悪人でも人を愛することがあるということよりも、愛というものは人を選ばず、誰でもその力には逆らえない、ということなのです。
イエスさまのお教えによれば、愛とは道徳の世界ではなく、宗教の世界に属しているものです。よく、このたとえ話のことを、「良いサマリア人のたとえ」と呼ぶひとがいますが、「良い」「悪い」というよりも、「こころのやさしい」ということが重大なのです。愛は、道徳とまったく無関係ではあり得ませんが、じつは道徳を超えたところにあるのです。
サマリア人が愛に動かされたということは、私たちにとっても希望がなくなったわけでもない、ということなのです。そして、最後に、このサマリア人は、イエスさまのことだと気がつきます。イエスさまこそ「こころのやさしい人」だったからです。
佐久間 彪
1984年『絵本づくりの仕事場より』の文章から
▼ 井口文秀(1909-1992)
富山県に生まれる。児童図書、教科書などに口絵、挿し絵を描いた後、創作絵本に傾倒し、自然と人間のかかわりについて追求。真善美への強い憧憬を抱き、ある時は白鳥をもとめてシベリア・ヤクーツクへ、ある時は遺跡に住む のら猫を探訪するためローマへ、またある時は、アフリカへと取材旅行をおこなう。第1回小学館児童文化賞、第24回サンケイ児童出版文化賞、第2回よみうり絵本にっぽん大賞などを受賞。絵本に「きんのまど」「べつれへむのうしごや」「ぼくうれしかった」(至光社刊)など。
あたたかさあふれるデッサンの確かな画風は海外でも定評があり、イギリス、ドイツ、フランスなどの国々で発行されてきました。
▼ 佐久間 彪 (1928-2014)
東京に生まれる。上智大学大学院哲学研究科、フランクフルト・ザンクト・ゲオルゲン大学神学部、アーヘン教区立神学院卒業。1956年カトリック司祭に叙階。1998年白百合女子大学名誉教授。カリール・ジブラン著 『預言者』の翻訳、宗教関係の著作・訳書のほか、『マリアさまのこころ』などの聖歌やこどもの歌の作詩・作曲、さらに絵本の詩や文も数多く手がける。
文を手がけた絵本には『ちいさな もみのき』『おはなししよう 神さまと― わたしの詩編』『絵でみる こどもとおとなの はじめての聖書-新約編・旧約編-』(至光社刊)などがあります。
▼こどものせかい2023年10月号
『こころの やさしい サマリアじん』をみる
▼ この絵本をもっとあじわう
片柳弘史神父とよむ こどものせかい
▼ 編集者による制作エピソードなど
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