森のむこうのもっと遠く……
山のなかにあるしずかなみずうみは
せかいをうつす水鏡
小舟でそっとこぎだせば
わたしが世界の中心です。
読む人の五感を呼び覚ます絵本作家・山﨑優子の詩情あふれる一冊。
言葉では語り尽くせない圧倒的で寡黙な自然の美しさと、その中で自由にうつろう人の心情を、静謐(せいひつ)な絵と、優しくいやしに満ちた詩で表現した絵本です。
まるでそこにあるのが秘密のような、音をたてたら消えてしまいそうな、はるか遠くの山の奥にある静かな湖(みずうみ)……。
朝靄のなか聞こえてくるのは、かすかな水音。起き出した水鳥がゆらゆら波をたてると、星空色の魚は夜とともに姿を隠す。
そんなひっそりと静寂な夜明けの湖を、小さな子どもがそっと小舟でこぎ出すと……。
著者が北海道の然別湖(しかりべつこ)で体験した神秘的なまでに美しい夜明けのひと時を、シンプルで詩のようにつむいだ言葉と、寡黙な中にさまざまな仕掛けに満ちたイラストレーションに織り込みました。
おとなも子どもも、雑多な情報が洪水のように溢れるあわただしい日常を離れ、たったひと時、大いなる自然に身を任せ、自ら(みずから)の感覚だけにそっと身をゆだねると、失いつつある自分自身の感性をいつのまにか取り戻すことができるでしょう。心に深く刻まれた風景は、ふとした時にその人を支えてくれる。それは、自然の景色だったり、お話や想像の世界だったり、部屋の椅子から眺める家族の姿、誰かのぬくもりや言葉とともに覚えている時間のこともあるでしょう。元気がない時や辛い時はもちろん、自分を鼓舞したい時にも、そっと背中を押し、一歩前に進む力を与えてくれる。自分には此処がある。自分をまるごとつつんでくれる場所がある。それは心に、貴いすてきな宝物を持っていることなのだと思います。
今、子どもたちの目に映っているのは、どんな風景でしょう。この世界が美しく、あたたかく、かれらをいつもつつんでいることを祈ります。